火曜日に再手術を決定し、手術は土曜日(6/18)のお昼からに決まりました。ほとんど心が折れかけていましたが、いざ再手術と決まってしまうと却って肝が据わってしまいました。まず、家内に話して承諾書にサインを書かせねばなりません。家内は元々今回の手術を反対していて、しかも失敗の予言までしていたのですから、会う事自体が気が重いです。仕事で忙しく数日病院には来られないことが判っていたので、電話では無く直接自宅で話をすることにしました。病室で話をして取り乱されても困りますし。
Kb先生が配慮してくれて、翌日外出許可が下りました。まだ術後7日で抜糸も終わってないので本来外出許可など論外だと思うのですが、Kb先生もすまないと思う気持ちがあるのでしょうか?
家内に状況を話すほかに、会社の手当てもしなくてはなりません。一人でやってる会社ですし、月を越すことは想定外だったので、各取引先への連絡、銀行での手続きなどを行なわねばなりません。下手したら潰れてしまいかねません。また、「退院後でいいや」と自宅に置きっぱなしの難病医療券の手続き書類、M病院のK先生に書いてもらう「臨床調査票」は今の内に出しておかないと、間に合わない可能性もあります。
縫った場所が開いてしまう恐れもあるので、縫い目もパーミロールで押さえた上に、腹帯をきつく巻いて、さらにコルセットで固めて行きます。これだと腰はほとんど曲がらないです。パウチが外れるのも怖いので食事も前日夜から取っていません。脱水防止に水分補給だけです。
病棟看護師のMさんに「気をつけなよ~、私お腹が開いて腸が出ちゃった人見たことあるからね~」と脅かしてきます。Mさんは6月中は夜勤ばかりで、私の節目節目の大変な時に担当してくれたので軽口を言えるほど親しくなっていました。再手術が決まる前後でも「本当にそれでいいの? 良く考えた方がいいよ?」と言ってましたが(Mさんは割りと病院に対して辛辣です)、大体において再手術以外でどうにかなる話では無いですし、いまさら転院して医者を替えるわけにも行かず、ましてや医療ミスで病院訴えても患者が勝てる見込みはほとんど無いですからね。
「もうなるようにしかならないんだから」と答えると、「あ、出た、投げやり~」などと言ってきます。別に投げやりじゃなくて、状況的に運命に身を委ねるより他は無いと思っているのです。手術を決めた以上、その結果が今より良いものであると信じて医者に任せるしかありません。私が如何こうして何とかなるレベルを遥かに超えているのですから。それに何も死ぬわけではありません。
病院でタクシーを呼んで、お昼前に自宅に帰ります。家内には「今日外出許可が下りたから一回帰る」とは伝えていましたが、異常な空気を薄々感じ取っているようでした。
状況と昨日のKb先生との話し合いの内容を家内に言いましたが、取り乱すことなく受け止めたようでした。幸いにして彼女も再手術が最善であると言う事は理解してくれたようです。
そちらが済んだらまず各所へ連絡。それから銀行へ行って振込諸々、さらにM病院に行って臨床調査票をお願いしてきました。一人で車を運転して来ましたが、後から病院に帰って言ったらとても驚かれました。そこまでは想定外だったようです。私も今思えばよくこんな無謀をやったもんだと思います。
それにしてもまだ手術から日が経ってないので体力の衰えは酷いものです。数百メートル歩くだけで貧血でしゃがみこんでしまいます。曇りで気温もそれほど高くなかったのが幸いでしたが、晴れて30度も有ったら倒れていたかもしれません。無事全て終わって夕方5時頃に病院に戻りました。
さてこの後、手術まで3日しかありません。一回目の手術から日が浅いので、栄養状態含め血液検査の数値はあまり良くありません。下手するとお腹切ってもちゃんとくっつかないと言う恐れもあると脅かされます。数値を上げるため翌日から「ドーピング」で無理やり体力を回復させることになりました。中心静脈栄養(IVH)です。