最悪の事態

術後の入院中はストーマのスペシャリストの看護師さん(WOCナース)がパウチ交換を仕切ってくれていました。ちなみに認定看護師になるのは相当難しいらしいです。
それがUナースなのですが、これがすこぶる美人!あ、いや、それはいいんです。私妻帯者ですし^^;)。同期ナースからは「姉御」と呼ばれるほどの気風のいい女性で私も信頼してお任せしています。(まだUさんのストマ外来に通ってるしね)

術後パウチの後は、コロプラストのイレオストミー用パウチ(センシュラ イレオ)からパイプを繋げて2リットルは入りそうな蓄便袋に落とし込んでいました。14年前の時は、小さなパウチを満タンになったら取り替える方法で、すぐにパンクしてたのですが、さすがに色々と手法は考えられてきているようです。
それで安心だと思ってたのですが、それもつかの間。食事が始まるとビシバシ漏れるようになって来ました。手術直後なので、ほぼ完全な水便でアルカリ性も強いためにパウチの接着面への攻撃性が強かったこともあります。しかもガスなどが溜まって圧力が掛かるために漏れて来る通常のパンクでは無いので性質が悪かったです。

まずストマは左にあるのですが、正中(要するにお腹の真ん中の線)の縫い目から出る浸出液がパウチの接着面を溶かせて漏れて来ました。ストマと正中は非常に近い位置にあるので、すぐに浸出液がパウチに触れてしまいます。
縫い目にパーミロールなどのラップをして漏れを塞いでしまう訳には行かないので(浸出液は出してしまわねばなりません)、パウチのプレートにパーミロールを被せて出来るだけ保護し、私は「左を向いて寝ない(浸出液を左側に流さない)」ことを鉄則にしました。

次にパウチの下側、左足の付け根に近い、時計で言うと4時から5時方向から漏れて来るパターンが頻繁になりました。人間のお腹というのは、座ったりするときに必ず皺が出来ます。歳をとるとはっきり皺として見えますが、若い人や太ってる人でもはっきりとした皺にならなくとも表面の凹凸や溝のようになってしまいます。こういう場合でもパウチの固い面で延ばして皮膚に接着するのですが、どうしてもその部分は弱くなってしまいます。私の場合左足付け根の上にその皺があり、そこから伝って漏れて来るのです。
※人口肛門手術の前に患者を立ったり座らせたりして、できるだけ皺を避けて造設予定位置のマーキングをしてくれるのですが、いざ手術になると中の内蔵の位置関係であったり、以前の手術の癒着であったり、また予定位置まで腸が伸びないなど、様々な理由で予定の位置に作られないことも多いです。

これに関してはUナースが非常に苦心されてました。モルダブルリングという粘土のような皮膚の凹凸を埋める素材があるのですが、それを細く伸ばして土手のようにパウチのプレート部分に貼り、皮膚にその土手を食い込ませてプレートの溶けをそれ以上広がらせない(文字で書くと何のこっちゃですが、とにかく色々試して下さいました)等の手替え品替えでどうにか防いでいたのですが、そうしてもまた予測外の場所から漏れてきたり・・・。
Uナースは外来の看護師ですから、突発的な漏れや夜間は病棟看護師が対処します。しかしそれが1日2回も3回もあると、こちらも申し訳なくなります。シーツや寝巻き、下着も汚してしまうので、ストマ交換も含めてただでさえ忙しい病棟看護師を30分近くも私に掛かりきりにしてしまうのですから。それで前回書いたように食事が取れなくなっちゃいました。まー食事しなくとも消化液は出るので漏れるときは漏れるんですけどね。でも排泄物がドバーっとぶちまけられるのと消化液主体とでは私の心理的ショックの大きさが違いますから。

とは言っても、今回の本題はそこではありません。パウチのパンクはまあまあ想定内でした。術後5日ほどの頃、処置室で私のパウチを交換していたUナースが発見したのです。(パウチの定期交換は処置室まで行って、パンクなどでの緊急交換は病室のベッドでした)
「あれ?これなに?」
ストマを洗浄したにもかかわらず、またストマの縁に何か付いているのです。横を押すともっと出てきます。それは便でした。
「えー?そんなありえない」綿棒で押してみるとストマと皮膚の繋がっている部分がペロンと取れました。細い棒のようなものを差し込んでみると数センチほどありかなり深いです。それにしてもストマの構造上そこから便が出るはずは無いのです。
細い棒をその開いた「ポケット」に突っ込んで探ってみるUナース。そしておもむろに。「腸管に横穴空いてるね」と。
私「え??!!何で?」
Uさん「判らない」
棒で探っているうちにストマと皮膚を繋いでいる縫った部分は全て剥がれてしまいました。手伝っていた病棟看護師のBちゃんとUさんが話しています。「縫った糸はどこ行っちゃったの?」「溶けちゃったんだろうねえ」
私「手術失敗って事?」
Uさん「う~ん」
私「また手術しなくちゃならない?」
Uさん「普通に考えて、よっぽどのことが無い限り再手術はないし、Kb先生はそうしないと思うよ」
私「どうなるんだろう?」
Uさん「とにかくKb先生に見てもらおう」

翌日、Kb先生立会いの下、Uナースがストマを張り替えることになりました。Kb先生は「横穴なんてありえない」と言います。私もそう思いたいです。
しかし、なかなか信じられないKb先生の前でUナースが指をずぶりとストマの穴に突っ込みました。(いや~ん、お尻に指入れられた感触に近い)
Uさん「先生、この3時(方向)のところ」
Kb先生も太い指を私のストマに突っ込みます。(やめて!そんなに太いの無理よ!)
先生「う~ん・・・」

剥がれたストマ(イメージ)
剥がれたストマ(イメージ)

Kb先生とUナースは相談しに処置室を退出しました。私の前で率直な話しは出来ないのでしょう。Uナースはストマのスペシャリストなので、担当医に直接意見が言えます。
ストマは病棟看護師が張替えてくれましたが、先生もUさんも戻ってこず、その後30分くらい私は放置状態。病棟看護師が、「ibdlifeさん、ひとまずベッドに戻っていいって」と声をかけます。私の治療方針について紛糾しているようでした。
しばらくしてKb先生がベッドに来て「明日CTを撮ってみましょう、それから考えましょう」と。

まだまだ続きます。眠れぬ一夜を過ごし、翌朝CT室に呼び出され、下半身を重点的に撮影されました。そして午後Kb先生にナースステーションの横の小部屋に呼び出されました。手術前に患者と家族への説明に使われる場所です。
「ストマはともかくとして、腹膜が剥がれて腸がヘルニアを起こしていました。」
青天の霹靂とはこのことです。そう言えば痰の絡む咳がずっと続いています。熱も38度あったり下がったりの繰り返しです。術後2日目か3日目、大きな咳をした時に腹に「ボコッ」と言う感触を覚えました。後から思えばそれが腹膜が剥がれた瞬間だったのかもしれません。
Kb先生「いくつか選択があります。このまましばらく様子を見るか、もう一度手術をするかです。手術をするなら、腸の癒着が進まないうちにできるだけ早い方がいいです。(壊れかけの)人口肛門は可能であれば反対側(右側)に作り直します。」
私は頭が真っ白でした。最悪です。心が折れそうです。あれだけ苦しい思いをして、もう終わりだと確信していたのに、もう一度手術をしなければなりません。前の手術はなんだったのでしょうか?
家内の手術前の「予言」が蘇ります。
「絶対に上手く行かない気がする。このまま寝たきりになる気がする。」
確かに上手く行きませんでした。ストマがこのままでは退院すらいつになるか判りません。「全くあいつは預言者かよ。金取って占いできるんじゃないか?」などと考えるとちょっとおかしくなって余裕も出てきました。少し落ち着いてみて、私の気持ちは固まりました。可能な限りQOLを高め、できる限り早く退院できる方法をとりたいです。それは再手術しかありません。様子を見ていても私の体は良くはならないでしょう。ヘルニアなど放って置いて治る筈もありません。もしストマがこのままであれば家庭で維持は不可能です。毎日2回パンクするストマなら外出も無理でしょう。治るまで入院しなければならないでしょう。それがいつまでか見当も付きません。それに再手術を今やるか半年後にやるかと言う話しなら今やった方がいいに決まっています。
「それでは再手術をお願いします。でも可能な限りパーフェクトな結果を期待します。」私はそうKb先生に告げました。

投稿者: ibdlife

潰瘍性大腸炎を20代で発病しましたが、既に私も50代。思えば長々とこの病気と付き合ってきたものです。まあ大病しても人生どうにかなるものです。絶望したらそこで終わり、気楽に生きましょう。 人工肛門ですが、旅行好きです。一人でどこへでも行けます。飛行機に乗って海外にも行けますよ!

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